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組織の停滞を、対話で価値創造に変える。
経済産業省・厚生労働省協力の「心の健康投資シンポジウム2026」に企業事例として登壇した
株式会社Ai・フィールド代表・須賀えり子氏に聞いた。
取材・文=皆本類

人手不足が深刻化し、メンタルヘルス不調による休職が経営課題になった。国も動いている。経済産業省は健康経営における「心の健康」投資・実践ガイドを公開し、2026年7月には経産省・厚労省協力のもと「心の健康投資シンポジウム2026」が開かれた。日本生命保険、バックテックと並んで企業事例に登壇したのが、東京都江戸川区の組織開発会社、Ai・フィールドだ。
代表の須賀えり子氏が公開したのは、地元・江戸川区の中古トラック卸販売会社、栗山自動車工業での4年間の記録である。研修と面談を受けた社員の離職率は0〜6.25%で推移し、業績は134億円から178億円へと44億円伸びた。須賀氏はこの数字を「エンゲージメント向上による間接効果としての考察」と、あえて控えめに語る。誇張しないその語り口の奥に、20年かけて磨かれた方法論があった。
原点は約20年前にさかのぼる。IT企業の取締役として人材育成に奔走していた須賀氏は、脳梗塞で言葉を失った義父の在宅介護を担うことになった。回復が早いと聞かされたとき、担当医と看護師の言葉が耳に残ったという。
「ご家族との関わりが、大きく影響しています」
人の心と脳は、環境と関係性の中で力を発揮する――
そう仮説を立て、心理学と脳科学の研究を重ねた。
ある日、泣き続ける義父を前に、須賀氏は全神経を集中して「なぜ泣いているのか」を考え続けた。
そして気づく。
麻痺した側の肩が、脱臼していたのだ。
「お父さん、もしかして肩が痛いの?」
――義父は涙を流してうなずいたそうだ。
この経験から須賀氏が導いた哲学は明快である。
「寄り添うこと以上に、正しく理解すること」。 言葉にならない声を、どう理解するか。
この問いが、のちの組織開発の背骨になる。
須賀氏は組織の課題を3つの階層で捉える。表面化している「顕在的な課題」、本音が隠れた「潜在的な課題」。そして最深部にあるのが、同氏が「サイレント課題」と呼ぶ層だ。誰も問題として扱っていない問題。しかしその中には、本人も気づいていない強みや使命感、つまり企業価値の源泉が眠っているという。
背景には、須賀氏の時代認識がある。メンタルヘルス不調が増え続けるのは、職場で「安心して感情を感じられない」からだと同氏は見る。感情に蓋をすれば、不安や怒りだけでなく、熱意ややる気まで一緒に閉じてしまう。だからこそ、感情を安全に扱える場を組織の中につくることが出発点になる。
それを実装する仕掛けが、3種類の面談を同時並行で回す設計だ。心を扱うEAP面談、関係性を扱うキャリア面談、行動を設計するKPI伴走面談。不調が表面化する前に手を打つ、いわば「0次予防」である。もうひとつの特徴が、面談で見えた組織課題を、本人の同意を得た範囲で経営者への改善提案に変える仕組みを標準で備えていることだ。社員の声が現場で消えず、経営に届く。

栗山自動車工業への支援は2023年6月に始まり、現在4期目。シンポジウムに同席した経営戦略室室長の島崎久志氏は、7〜10日かかっていた生産業務が5日で終わるようになり、「業務効率が3割アップした」という現場の声を紹介した。
興味深いのは、変化の初期に「愚痴や不満」が増えることを、須賀氏が良い兆候と捉えている点だ。
「愚痴や不満が出てくるのは、心理的安全性が整い始めた証拠です。『会社は好きだけれど、自分は役に立てているのだろうか』という声は、帰属意識の種なんです」
別の企業では、周囲から「怖い人」と見られていたベテラン技術者との面談を重ね、その卓越した技術を継承する「技術ティーチャー」という新しい役割を提案した。本人は定年後も嘱託として技術指導を担い、職場の空気も変わったという。問題社員と見なされていた人の中に、組織の資産が眠っていた――「サイレント課題」の反転を象徴する事例だ。
エンゲージメントの低下は衰退のサインではなく、変化の入口である――登壇テーマに掲げた「組織課題を価値創造に変える」という言葉は、この反転の視点を指している。なお同社は、業績への効果を「研修が直接介入したものではない」と明記し、成長の仕組みも「仮説モデル」と断ったうえで公開している。数字が独り歩きしやすい業界で、この誠実さは際立つ。
生成AIが職場に浸透するいま、対話や感情を扱う仕事の価値をどう見るか。須賀氏の答えは揺るがない。
「人の心は、AIには頭では理解できるかもしれません。でも、温度感や感覚的なところは、人間だからこその領域だと思うんです」
社名の「Ai」は、人工知能の意味ではない。「自己を確立する場」への想いを込めた言葉が先にあり、対話型組織開発の手法Appreciative Inquiry(AI)との一致には、後から気づいたのだという。自らの役割を問うと、「組織の中に落とす、一滴のしずく」という答えが返ってきた。一人の変化が、波紋のように組織へ広がっていく。
「人が輝くと、会社が輝く。そして、日本中が輝き始める」
人手不足、AIの浸透、国による心の健康投資の推進。3つの潮流が重なった2026年、職場の「言葉にならない声」に耳を澄ます実践は、中小企業経営の最前線になりつつある
須賀えり子(すが・えりこ) 株式会社Ai・フィールド代表取締役。国際EAPコンサルタント(CEAP-I)、国家資格キャリアコンサルタント。IT企業取締役時代に経験した義父の在宅介護を原点に心理学の探究を重ね、EQ対話型の組織開発「EQブレイクスルー組織開発」を体系化。経済産業省「職域における心の健康関連サービスの活用に向けた研究会」に参画し、健康経営における「心の健康」投資・実践ガイドに取り組みが掲載。2026年7月、心の健康投資シンポジウム2026に企業事例として登壇。



※本文中の数値・発言は、2026年7月29日開催「心の健康投資シンポジウム2026」登壇内容、株式会社Ai・フィールドへのロングインタビュー、および同社公式発信に基づく。業績数値はエンゲージメント向上による間接効果としての考察であり、施策の直接効果を示すものではない。
